2015-01-27

Nooooooo! トロイカ

日曜日に行われたギリシャの選挙で、左派《スィリザ》が過半数に近い議席獲得で圧勝を収めた。

これは大半の予測に反することのない結果となった。

《スィリザ》は選挙勝利後、欧州からの圧力《トロイカ》に一刻も早く独自の返事を出すべく、今夜にも政権を握る各大臣が決定する。

その数10名。今までの18名から一挙に大臣の数が減ることになる。

また、この政権の興味深い点は、左派《スィリザ》が過半数を獲得する為に、右派《ギリシャ独立党》と手を組んだことだ。

両者とも、《トロイカ》政策に反対という姿勢で一致している。

莫大な借金と、それに上回る金利返済で、いくら返せども返せない、殆ど《ローン地獄》のギリシャ。それはギリシャに限らず、スペインも同じことだ。

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緊縮財政策が失敗だったことをギリシャ国民は今《スィリザ》と通して欧州に訴えた。

今後のギリシャの対策がどれほどヨーロッパ諸国に影響を与えるか、世界中が注目している。

ユーロ圏から離脱する手もある。選挙前にドイツが提案した一時離脱もある。また、離脱せず返済に関する条件を緩和する手もある。何はともあれ、国内がどの様になったとしても、彼らはある意味で自国の運営権を取り戻したのだ。

そしてそれが成功しようものなら、ギリシャに次ぐ国が続出のは目に見えている。

ギリシャの影響は、2015年に地方選挙、年末には総選挙を控えたスペインにとって人事ではない現実になったと言えるだろう。


伝説のゴールキーパー逝く

3日前のブログで、《ラジョ・ヴァジェカーノ》元ゴールキーパー、ウィルフレッド氏に関するブログを書いた。

彼は癌の為マドリッドの病院に入院中だった。

彼の最後の願いを叶えたいと、《ラジョ・ヴァジェカーノ》の同僚達は故郷ナイジェリアから10年以上も会っていない子供達との再会を実現すべく、旅費、ビザ等の手配に着手していたが、今日朝方、その願い叶わずウィルフレッド氏は帰らぬ人となってしまった。

3人の子供達はもう既にスペインに向かっていた様だ。ロンドン経由だったのか、イギリスとの手続き上の問題で時間を取られてしまったらしい。彼らは明日スペインに到着予定だ。




2015-01-24

《ラジョ・ヴァジェカーノ》とカルメンお婆ちゃん

以前このブログで、ある老婦人の立ち退き問題を取り上げた。

彼女の救世主となったのは、同じ地域の、スペインサッカーリーグで活躍中の《ラジョ・ヴァジェカーノ》サッカークラブだった。

その《ラジョ・ヴァジェカーノ》サッカークラブが、今回は1990年から6年間同チームのゴールキーパーだったウィルフレッド選手に援助の手を伸ばすことを発表したのだ。

ナイジェリア出身のウィルフレッド選手は、スペインサッカーリーグ活躍後一度故郷に戻るが、オファーのないまま引退を決意。その後、マドリッドに戻りサッカーとは無関係の宅配便会社や空港内で荷物を取り扱うスタッフとして働くことになる。

その彼が、実は《ガン》と宣告され、その症状は日に日に悪化しているとのことだ。

そんなニュースを受けた《ラジョ・ヴァジェカーノ》は、彼の最後の願い《10年以上会っていないナイジェリアに住む3人の子供たちとの再会》を実現するべく、旅費の負担をはじめ、スペイン外務省及びナイジェリア・ラゴスにあるスペイン領事館にビザの緊急発行を願い出た。

《ラジョ・ヴァジェカーノ》サッカークラブ代表者、ラウル・マルティン氏は、「非常に悲しい状況ではあるが、一刻も早く彼の最後の願いを叶え最後に笑顔をプレゼントしたい」「彼は《ラジョ・ヴァジェカーノ》に多大なる貢献をしてくれた。彼は《闘いと克服》の模範的な存在で、彼は妻を助けるために無一文になってしまったが、そんな彼に今こそ当然過ぎる程の援助をしたい」をコメントした。


そして今度は冒頭で触れた、去年11月に《立ち退き問題》で《ラジョ・ヴァジェカーノ》に援助を受けたカルメンさんからも驚くべき支援が寄せられた。

彼女の立ち退き後の生活援助の為に《ラジョ・ヴァジェカーノ》が主催となって集められたお金の半分を、《3人の子供たちの旅費》にしてほしいとの申し出があったのだ。

「私は残りのお金で十分に生活していけます。《ラジョ・ヴァジェカーノ》がして下さった事は、誰にでも出来ることではありません。良いことをすることは最も素晴らしい事です。私はお金持ちではありませんが、人を助けることに私は賛同します」

彼女の生活援助に寄せられた金額は21106ユーロ。10553ユーロがサッカークラブ代表者、ラウル・マルティン氏に手渡された。






2015-01-22

2年連続の減少と増加

2015年、16年とユーロ圏で一番経済成長が期待されるスペイン。

そんな声があちこちで聞かれる中、スペインにとって最も嬉しいニュースが発表された。

2014年度の失業率が減ったのだ!2013年に引続き、2年連続減少となった。といっても、失業者の数は未だに何と!5,457,700人。パーセンテージにすると23.7%。

日本の失業率からすると話にもならない数字だが……

この数値の裏には、バブル時代にやって来た移民者の帰国や、何と言ってもスペイン人の求職の為の海外流出など、労働人口が減ったことも忘れてはならない。

また、労働条件の悪化も見逃すわけにはいかない。職に就いたと言えども、それはパートタイムや短期間限定労働であったり、或いは労働賃金問題などの改善すべき項目が山とある。

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今回の2014年度失業率減少に大いに役に立ったのが、やはりスペインの観光業界ではないだろうか。

実はこちらも2年連続で海外からの観光客が増加と、記録を更新中である。去年は65,000,000人に近い海外からの観光客がスペインを訪れた。

しかしこれはこれで、2011年から続く《アラブの春》が生み出した不安定な治安状況などで、特にエジプト、チュニジアなどへの観光客が減り、スペインに流れ込んだと考えられる。スペインに訪れる観光客の3位までがイギリス、フランス、ドイツと比較的近いことから、これらの国から北アフリカへ足を伸ばすのを止め、スペインに行き先を変更したと考えるのが妥当な感じだ。

何はともあれ、数字に敏感な政府にとっては、今年の地方選挙、総選挙を踏まえてこの上ないアピール材料となったことは間違いない。


2015-01-12

スペイン警戒レベル引き上げ

先週パリで起きたテロ事件によって、今一度スペインを含む欧米に於いてジハード主義者の脅威が増加し、更には具体化された。

以前の様にシリア、イラク付近で戦闘に立つ兵士を募集することよりも、今はジハード主義者となった外国人を自国でテロ事件を起こさせる戦略に変わりつつある。また、既にシリア、イラクでの戦闘経験を得たジハード主義者が自国に帰るという現象も見逃せない。

特に、モロッコに戻って来たジハード主義者約1500人を、現時点でスペインテロ対策本部は一番警戒している。

また、スペインではアフリカ大陸にあるセウタ、メリージャでは、ジハード主義への勧誘が現時点でも盛んに行われている。

スペインからは、スペイン人及びスペインに在住する外国人、計70名程が志願兵として紛争地帯に向かったと推定されている。殆どが男性だが、ここ数か月女性や未成年者の参加も増えている様だ。

パリテロ事件後スペインでは、0~4まである≪テロ警戒レベル≫が2から3に引き上げられた。多くの観光スポットや空港、主要駅などの警備が厳重になった。昨日パリで行われた百万人を遥かに超える≪反テロデモ行進≫と同時に、スペインでも多くの都市で≪反テロデモ≫が行われた。一連のテロ事件でイスラムのイメージダウンが懸念される中、イスラム教徒たちによるデモも多く見られた。

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2015-01-03

28歳 二人の運命

悲しい事故は、お正月と言うおめでたい時を無視して突然やって来た。

昨日、マドリッドの地下鉄のある駅で警察官が地下鉄線路に放り出される形となって電車にひかれ即死した。犯人は逮捕歴が数回あるコートジボワール出身の男。

マドリッド、地下鉄エンバハドーレス駅で事故は起こった。

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私服警察として巡回中、駅で犯人に遭遇。彼と巡回中だったもう一人の警察官は、「犯人を見た瞬間、怪しいと思った」と語っている。

職務質問が始まる。と直ぐ犯人とのもみ合いが始まった。

電車が近つ゛く。犯人は警察官の腕を掴んだまま線路へ転落。

転落に引き込まれた形となった警官は、頭から落下し電車にひかれ即死。犯人は運よく転倒後転がって、重症ではあるが命はとりとめた。

運命と言うものの残酷さはその後報告された。

死亡した警察官は28歳、まだまだ将来のある青年。そして死を免れた犯人も同じく28回目の誕生日を迎えたばかりの青年だった。